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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)11828号 判決

原告 有限会社勝山建材店 ほか一名

被告 国

代理人 藤村啓 斎藤和博

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告有限会社勝山建材店に対し、金五一〇万円及び内金一〇万円に対する昭和五三年五月一〇日から支払済まで年五分の割合による、内金一五〇万円に対する同日から支払済まで年六分の割合による、内金三〇〇万円に対する昭和五四年五月一六日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告川本赳夫に対し、金五〇万円及び内金四〇万円に対する昭和五五年一月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  仮執行宣言がされる場合には担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

原告有限会社勝山建材店(以下「原告会社」という。)の使用人鈴木忠(「以下「忠」という。)は、昭和四七年四月一四日午後九時一〇分頃、原告会社所有の小型貨物自動車(ダツトサンB―20、千葉四四そ五三一七)を運転して、千葉県安房郡鋸南町大六一一〇五番地先国道一二七号線上を、同町勝山方面から同町保田方面に向かつて北上中、折から同所を同町保田方面から同町勝山方面に向かい南下して来た鈴木実(以下「実」という。)運転、鈴木富美江(以下「富美江」という。)同乗の普通乗用自動車(トヨタカローラ、品川五一そ四一〇)と右国道中央線より二一〇センチメートル西側の地点で衝突した。

2  損害賠償請求訴訟(以下「別訴事件」という。)

(一)(1) 実、富美江は、昭和四七年九月二一日、原告会社及び忠を相手取り、千葉地方裁判所館山支部に対し、損害賠償請求の訴を提起した(同裁判所昭和四七年(ワ)第三二号事件)。

(2) 同訴訟において、実らは「忠は、酒に酔つて、原告会社保有の貨物自動車を運転し、勝山方面から保田方面に向い対向進行して来たが、道路を左右にゆれるように進行して来て中央線を超えて実運転車の進行路に入つてきたため、忠運転車のライトが実運転車の正面に現われたので、実はブレーキを踏みハンドルを右に切つたが、忠運転車の左側前面を実運転車の左側前面に衝突させたため、実運転車は道路の右側(西側)の土堤下に転落し、忠運転車は衝突した地点で一八〇度回転して停止した。この事故により、実は約三か月半の入院加療を要する後頭部挫創等の傷害を負い、今なお鞭打症が残つているし、富美江は約三か月半の入院加療を要する脳震盪兼頭部挫創等の傷害を負い、今なお顔面顎下等に後遺症が残つている。」旨主張し、実において給料等月額金四二万七五〇〇円の割合による五か月分の逸失利益金二一三万七五〇〇円のほか治療費、慰藉料、弁護士費用等合計金三六九万〇八八六円から支払済の金五〇万円を控除した残金三一九万〇八八六円の内金三〇〇万円を、富美江において治療費、慰藉料、弁護士費用等合計金四二二万四七四六円から支払済の金三〇〇万円を控除した残金一二二万四七四六円の内金一〇〇万円を、それぞれ損害賠償金として請求した。

(3) これに対して、原告会社及び忠は「忠運転車は勝山方面から保田方面に向い道路の左側の中央よりやや左を進行したが、約八、九〇メートル先を対向して来る実運転車のライトに目がくらみ、更に左に寄つた。ところが実運転車が中央線を越えて忠運転車の前面に突進して来たので、これを避けるためハンドルを右に切つたが、忠運転車の左前面と実運転車の左前面とが衝突した。衝突地点は中央線より約二メートル左(外側)の点である(忠運転車の巾は一・五メートルである)。この衝突により、忠運転車は右前輪を軸にして廻転し、勝山方面に向けて停車し、実運転車は左側(西側)崖下に転落し、保田方面に向けて停車した。」と主張し、本件事故の発生は実の一方的過失によるものとして争い、右事故により、忠は、一五日間の入院加療を要する脳震盪兼頸椎捻挫等の傷害を負い、治療費等合計金一六万円の損害を被り、原告会社は自動車の破損等により合計金五七万七〇〇〇円の損害を被つたとして、実に対し、損害賠償請求の反訴を提起した(同裁判所昭和四七年(ワ)第四四号事件)。

(4) 同裁判所は、昭和四八年一一月二七日、原告会社及び忠に対しては、各自、実に対し、金一一三万〇九三四円及び遅延損害金の、富美江に対し金三八万〇八〇七円及び遅延損害金の各支払を命じ、実に対しては、原告会社に対し金五万七五〇〇円及び遅延損害金の、忠に対し金六万三九〇〇円及び遅延損害金の各支払を命ずる判決を言渡したが、同判決においては、衝突直前の両者の進路等について「実は、忠運転車が前方の曲り角を中央線を越えて進んで来るのを認めたが、その後は忠運転車に特に注意もせず、時速約六〇キロメートルで漫然と進行していたが、その附近は街灯等はなく暗く、通行車両等も少なかつたため気を許し、又その附近は道の巾員が七・三メートルであつたため、中央線をまたぐようにして進行していた。忠は、かなり酒に酔つて(呼気一リツトルにつき〇・五ミリグラムのアルコールを保有)注意力が散慢になつたまま、時速約七〇キロメートル(制限速度六〇キロメートル)で進行して来たが、前記のとおりの道路の巾員で、附近は暗く進行車両等も少ないので、これも亦中央線をまたぐようにして進行した。そのため両車は真正面に対向する状態になり、実、忠共に、相手方車両の前照灯の光を真正面に受けたため、驚いてハンドルを実は右に、忠は左に、それぞれ切った。」「最初忠運転車の前面の左端部分が斜めに実運転車の左側面の最先端部分に衝突し、その衝撃により高速で走つて来た忠運転車は右衝突地点を中心に車体の後部が右廻りに前方へ廻つた。そのため忠運転車の前面が左端から右端まで順次に実運転車の左側面に衝突し、忠運転車の前部右端が実運転車の左側面後車輪の辺に衝突すると同時に、その点を中心に忠運転車はその後部を右廻りに前方に飛び出したため、忠運転車は一八〇度廻転して、対向車線上(実運転車の車線上)に勝山方面に向つて停止した。」「両車の最初衝突した地点は忠運転車の車線上(実運転車が中央線を越えて進んでいた)であつた。実運転車は既にハンドルを右に切つて中央線を越えて進んでいたので、衝突の衝撃で右に切つたハンドルに従つて右側路外に飛び出した。前記認定のように忠運転車の前部右端が実運転車の左側面の後車輪の辺に衝突した地点が忠運転車の車線上の中心線から約六〇センチメートルの点であり、そこから忠運転車はその前輪による約一・五メートルの彎曲したスリツプ痕を路上に印して、中央線を越えて実運転車の車線上に一八〇度回転して停止した。忠運転車の前面左端が実運転車の左側面先端部に衝突した瞬間における忠運転車の前面右端の位置と、その前面右端が実運転車の左側面の後車輪の辺に衝突した瞬間の位置とを比較すると、前者が後者より実運転車線寄りであつた。すなわち、忠運転車の前面右端は斜左に動いて実運転車の左側面の後車輪の辺に衝突したものである。」「前記認定事実によれば、本件事故は、実、忠両名の過失により発生したものと認められ、両者の過失の割合は実、忠共に五分五分であると認められる。」と認定され、実の月収については「内輪に見て月平均約三〇万円であつたものと推認できる。」とされた。

(二)(1) 右判決に対し、原告会社及び忠は東京高等裁判所に控訴を提起したが(同裁判所昭和四九年(ネ)第八〇号事件)、実も附帯控訴し(同裁判所昭和五〇年(ネ)第四三九号事件。なお、富美江も附帯控訴したが、後に訴を取下げた。)、原判決中実敗訴部分を取消し、金三四八万二二四六円及び遅延損害金の支払を命ずる判決を求めると共に、実は、「戸田中央総合病院における診断の結果、自賠法施行令別表による障害等級第一二級第一二号該当の神経症状を伴う後遺障害があると判定された。」として、新たに後遺障害による逸失利益金二一九万九六〇七円、後遺障害に対する慰藉料金六三万円等を加え、本件事故によつて被つた損害は合計金五二四万一四七六円になる旨主張するに至つた(なお、実の月収について金三〇万円と主張を変更し、更に実の過失割合は二割であると主張した。)。

(2) 同裁判所は、昭和五三年二月二一日、原判決を変更し、原告会社及び忠に対しては、各自、実に対し金三五八万八〇三三円及び遅延損害金の支払を命じ、実に対しては、忠に対し金三万八三四〇円及び遅延損害金の支払を命ずる判決を言渡したが、同判決においては、本件事故について「実は、昭和四七年四月一四日午後九時すぎころ実運転車を運転して保田方面から勝山方面に向かつて時速約六〇キロメートルで同国道を南下し、本件事故の現場北方の直線地帯に進入し、やや走行してきた際、約一五〇メートル前方に蛇行運転をしながら進行してくる忠運転車を発見したが、格別危険性を感ずることなく同速度で進行を続けたところ、接近した忠運転車のライトが実の目に入り、とつさに同人がハンドルを右に切つた瞬間、道路中央線附近で実運転車の左前側部と忠運転車の左側前面が激突し、実運転車は道路西側の土堤下に転落して保田方面に向かつて停止し、忠運転車は右衝突地点附近で一八〇度回転して中央線沿いの東側車線上で勝山方面に向かつて停止した。忠は、前同日時ころ忠運転車を運転して勝山方面から保田方面に向かつて時速約七〇キロメートルで同国道を北上し、本件事故の現場南方の直線地帯に進入し、やや走行した際、約一〇〇メートル前方に南下してくる実運転車を発見したが、そのまま同速度で進行を続けたところ、実運転車のライトが接近して忠が危いと思う間もなく、前記のとおり忠運転車は実運転車に激突した。当時、忠は酒気を帯びており、本件事故の直後における体内のアルコール保有量は呼気一リツトルにつき〇・五ミリグラムであつた。そのころ本件事故の現場から約三〇メートル北方の国道西側沿線にあるドライブインの前には、トラツク一台が保田方面に向かつて駐車していたが、忠は右トラツクの存在に全く気付かなかつた。」「原告会社らは、実運転車と忠運転車との衝突地点は中央線より約二メートル西側の箇所であつたと主張し、(証拠略)中には右主張に副う部分が見られるけれども、忠本人の供述以外のものはすべて忠本人の指示説明に依拠するものであるところ、忠本人の供述中右主張に副う部分はたやすく信用しがたいから、結局、それらの証拠も信用しがたいものといわざるをえず、他にその主張事実を認めうる証拠はない。」「前記認定の事実によれば、本件事故は、忠が酒気を帯びて蛇行運転をし(中略)、自車の進行方向の約一〇〇メートル前方に対向車である実運転車が進行してくるのを発見したが、自車の進路上に駐車中のトラツクの存在にすら気付かず、時速約七〇キロメートルのまま漫然自車を進行させたことに起因するものということができるから、忠は前方注視義務を怠つた過失の責任を免れないものというべきである。」「前記認定事実に照らすと、実は、自車の進行方向の前方約一五〇メートルに蛇行運転をしながら近づいてくる忠運転車を発見したのであるから、前方を注視して、減速徐行するなどして事故の発生を未然に防止するため適切な措置を講ずる義務があつたというべきところ、実は、格別危険性を感ずることもなく、漫然時速六〇キロメートルのまま進行をつづけたことにより本件事故を招来したということができる。そうすると、実も過失の責任を免れないものといわざるをえない。ただ、さきに説示した忠の過失と対比してみると、その過失割合は、忠が七、実が三と認めるのが相当」と認定され、実の月収については「当審証人有本宏の証言により真正に成立したものと認められる甲第二三号証、同証言及び当審における実本人の供述によれば、実は昭和四六年一〇月以降有本機器株式会社に技術者として勤務し、給料(賞与を含む)月額三〇万円を得ていた(中略)ことが認められる。」と説示され、実の後遺障害については「成立に争いのない甲第二六号証及び当審における実本人の供述によれば、実は本件事故によつて頸椎部等局所に回復の見込がない頑固な神経症状をのこしたことが認められ、右症状は自賠法施行令別表による障害等級第一二級第一二号に該当するものと解するのが相当である。」と説示された。

(三)(1) 右判決に対し、原告会社及び忠は最高裁判所に対し上告を提起した(同裁判所昭和五三年(オ)第五二六号事件)。

(2) 上告理由の要旨は次のとおりである。

(ア) 第一点 原判決は、被上告人に一二級一二号の後遺症ありと認定し、これによる金員支払を上告人に命じているが、これは被上告人が裁判所に対して虚偽の申立をなし、原裁判所が欺罔され誤信したもので、民法第九五条により後遺症認定部分は無効のものであり、従つて右後遺症についての判断には理由がなかつたことになる。すなわち、原審の第一七回口頭弁論調書には、被上告人の陳述として「後遺障害の程度一二級一二号は、自動車損害賠償責任保険調査事務所の認定によるものである。」と記載されているところ、原判決後、詳細に再調査したところ、調査申立も、調査事務所の調査も全くなされておらず、調査事務所を騙して、関係書類を持ち出し、戸田中央総合病院の診断書とだき合せて甲号証として提出し、あたかも調査事務所の査定関係書類であるやの偽装をなし、また査定だと虚偽の申立をして、裁判所を騙した疑いが強いことが判明した。

(イ) 第二点 原判決は、被上告人に一二級一二号の後遺症ありと認定したが、右認定には、超非常識な社会常識を逸脱した経験則違反がある。

上告代理人は、日産火災海上保険株式会社新宿査定センター、東京調査事務所、安田火災海上保険株式会社千葉支店サービスセンターで調査したところ、担当者は異口同音に戸田中央総合病院の診断書で後遺症の査定をすることはまずあり得ない旨述べていたし、右診断書を作成した担当医師も軽い気持で作成したものであり、東京慈恵医科大学病院外科が昭和四八年六月一三日診察した際認められなかつた後遺症が昭和四九年一一月一一日の戸田中央総合病院で認められたとしても本件事故と因果関係があるかどうか問題である。

(ウ) 第三点 仮に被上告人に後遺症ありとしても、遅延損害金の支払時期を昭和四七年九月二八日以降とした原判決は、法律の解釈適用を誤つたものである。

(エ) 第四点 原判決は、昭和二二年一月七日生、中学校卒業、昭和四七年四月当時満二五歳の被上告人の月収を金三〇万円と認定しているが、右認定には社会常識、経験法則に反する法令違反がある。

原判決が右認定の根拠としたのは、有本機器株式会社代表取締役有本宏が昭和四七年九月七日付で作成した、同年一月一日から同年六月末日までの六か月間に賞与として支払う予定金額は金一八〇万円であることを証明する賞与支払予定金額証明書(甲第二三号証)、証人有本宏の証言及び被上告人本人の供述のみである。しかし、賃金センサスでは、昭和四八年度において、中卒二五ないし二九歳の月給は金九万六五〇〇円、賞与年間金二一万七八〇〇円で月平均金一万八三〇〇円、合計月収金一〇万四八〇〇円となる。昭和四八年は前年に比して、二〇パーセントという大幅ベースアツプがあつた年であり、昭和四七年は月収金一〇万円とみるのが上位である。交通事故で働けないときは、その以前の収入も損害算定の基準にできるが、戦後民事訴訟では偽証罪は事実上廃止同然となつているから、証言があつたからとて甲第二三号証を真正に成立したものと認め、月収金三〇万円を認めることは、裁判の実情を知らないものである。また前記保険関係者の一致した見解も右認定を非常識であるとしている。

(オ) 第五点 交通事故による責任、過失の有無、その大小は、衝突地点が道路のセンターを中心として、右か左か或いは中央かの判定がすべての基準になる。衝突地点を何処に認めたという判断とその理由が必要でこれがすべてに優先する。しかるに、原判決は、「中央線附近で原告車の左前側部と被告車の左側前面が激突」したとするのみであり、中央線附近などは全くあいまいなことで、これでは判断がないことになり、これが判断とすれば、判断の元をなす理由を欠くことになる。

又、上告人車は、衝突後一八〇度回転して進行方向とは逆の正反対の位置に停車しているのであり、上告人車の車線上での衝突以外には考えられないのであるから、中央線附近での衝突を認定する以上、その理由を明記すべきであるのに、原判決にはその記載がない。

(カ) 第六点 被上告人の主張と判決理由には全く相反した矛盾齟齬がある。

原判決は「そのころ本件事故の現場から約三〇メートル北方の国道西側沿線にあるドライブインの前には、トラツク一台が保田方面に向つて駐車していたが、同控訴人は右トラツクの存在に全く気付かなかつた。」と認定しているが、被上告人は、訴状では、右トラツクがあつたので、上告人車がこれを避け、中央線を越えて被上告人車の進行路に入つて来た旨主張していたのであり、原判決の右認定によれば、上告人車は、右トラツクの存在に気づかず、そのまま前進し、従つて中央線を越えて被上告人車の進行路に入らないことを第二審が認めたことになる。

原判決は、「接近した被告車のライトが被控訴人の目に入り、咄蹉に同人がハンドルを右に切つた瞬間、道路中央線附近で、原告車の左前側部と被告車の左側前面が激突」したと認定したが、道路の左と右を走行する対向車が中央線附近で衝突すれば、右と右が衝突するのが常識であり、上告人車が中央線を越え、被上告人車が直進して衝突すれば、上告人車の右の横腹に被上告人車の右前部が衝突するのが普通である。しかるに事実は、上告人車の左前部が、被上告人車の左横腹に衝突しているのであつて、判決理由は、全く矛盾し、齟齬がある。又、原判決は、上告人車がトラツクに気がつかず、そのまま前進したことを認めているが、これが被上告人車の前横腹にぶつかつたとすれば、被上告人車の横腹が中央線上にあつたことを認めるものであり、判決理由相互と被上告人の主張が全く喰違い齟齬している。

(キ) 第七点 左側通行で対向車の左と左が衝突し、しかもその衝突地点が道路中央線附近ということは普通ありえないことであるから、なぜ左と左が衝突したものであるか、判決に理由を明記すべきところ、原判決にはその理由の記載がない。

(ク) 第八点 原判決が被上告人の後遺症につき、虚偽申立に錯誤におちいつたのではなく、正当に判断を下したものであるとすれば、中立公平な裁判ではない。

(3) 同裁判所は昭和五三年一〇月五日、右上告を棄却する旨の判決を言渡したが、その理由は、右上告理由第一点、第二点、第四点ないし第八点に関する「原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、いずれも採用することができない。」などとするものであつた。

(四)(1) 原告会社及び忠は、昭和五三年中に、東京高等裁判所に対し、前記控訴審判決につき、再審の訴を提起した(同裁判所昭和五三年(ム)第四三号事件)。

(2) 右再審の訴における不服の理由の要旨は次のとおりである。

(ア) 第一点 後遺症の認定について

前記上告理由第一点とほぼ同旨

(イ) 第二点 衝突地点の認定について

前記上告理由第五点とほぼ同旨

(ウ) 第三点 再審被告の月収の認定について

前記甲第二三号証は偽造文書であり、前記証人有本宏の証言及び再審被告本人の供述はいずれも虚偽の供述である。

(エ) 第四点 その他

以上のほか、上告理由書記載の各上告理由全部をそのまま再審申立の理由とする。

(3) 同裁判所は、昭和五四年四月二四日、右再審の訴却下の判決を言渡したが、その理由は、前記上告事件において、再審原告らの提出した上告理由書には、本件再審の訴の各不服の理由と同旨の主張が上告理由として記されているから、本件再審の訴は、民事訴訟法第四二〇条第一項但書の「当事者カ上訴ニ依リ其ノ事由ヲ主張シタルトキ」に該当し、同但書の規定により、右不服の理由をもつては許されないものというべきであるなどとするものであつた。

3  誤判と裁判官の過失

(一) 前記控訴審判決は非常識な誤判であり、右判決裁判所を構成する裁判官枡田文郎、同斎藤次郎、同山田忠治には重大な過失がある。

(二) 右判決が誤判である所以は次のとおりである。

(1) 右判決は、道路中央線附近で実運転車の左前側部と忠運転車の左側前面が激突したと認定しているが、かかる認定が非常識であることは前記上告理由第五点、第六点で指摘したとおりである。

(2) 右判決は、昭和二二年一月七日生、新制中学校卒、昭和四七年四月当時満二五歳の実の月収を何の証拠もなく金三〇万円と認定しているが、かかる認定が非常識であることは、前記上告理由第四点で指摘したとおりである。

(3) 右判決は、実の本件事故によつて頸椎部等局所に回復の見込がない頑固な神経症状を残しており、右症状は自賠法施行令別表による障害等級第一二級第一二号に該当すると認定したが、かかる認定が、実の虚偽の申立に欺罔された結果によるものであり、かつ虚偽の証拠に基くものであることは、前記上告理由第一点、第二点、再審の訴の不服の理由第三点で指摘したとおりである。

4  原告らの損害

(一) 原告会社は、前記控訴審判決の確定により、実に対し、(1)昭和五三年三月八日金五〇万円、(2)同月三〇日金五〇万円、(3)同年五月九日金五〇万円、(4)昭和五四年五月一五日金三〇〇万円合計金四五〇万円を支払つたほか、上告費用等として金一〇万円以上を支出したが、これらはいずれも銀行からの借入金で賄つた。右金員の出捐は誤つた前記控訴審判決によるものであり、原告会社は同額の損害を被つた。

(二) 原告会社は、右の損害を回復するため、原告川本赳夫(以下「原告川本」という。)に対し、本訴の提起、追行を委任し、手数料、報酬金合計金五〇万円の支払を約したが、これも前記控訴審判決により原告会社の被つた損害である。

(三) 原告川本は、別訴事件において原告会社及び忠の訴訟代理人として訴訟を追行したが、前記控訴審判決により、慰藉料金三〇万円を相当とする精神的苦痛を受けたほか、上告理由書、再審申立書の各提出に労力を要し、各金一〇万円相当の損害を被つた。

5  結論

よつて、被告に対し、原告会社は、損害賠償金五一〇万円及び内金一〇万円に対する昭和五三年五月一〇日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金、内金一五〇万円に対する昭和五三年五月一〇日から、内金三〇〇万円に対する昭和五四年五月一六日から各支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を、原告川本は損害賠償金五〇万円及び内金四〇万円に対する昭和五五年一月一日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実については、原告会社らが別訴事件においてその主張をしたことのみ認める。

2  同2の事実は認める。

3(一)  同3(一)の事実は争う。

(二)(1)  同(二)(1)の事実中、前記控訴審判決が原告ら主張の認定をしていることは認めるが、その余の点は争う。

(2) 同(2)の事実中、右判決が実の月収を金三〇万円と認定したことは認めるが、その余の点は争う。

(3) 同(3)の事実中、右判決が原告ら主張の認定をしたことは認めるが、その余の点は争う。

4(一)  同4(一)の事実中、原告会社がその主張のとおり金員を出捐したことは不知、その余の点は争う。

(二)  同(二)の事実中、原告会社が原告川本に対し本訴の提起、追行を委任したことは認め、損害の点は争い、その余の事実は不知。

(三)  同(三)の事実中、原告川本が原告ら主張のとおり訴訟代理人として訴訟を追行したことは認めるが、その余の事実は不知。

第三証拠 <略>

理由

一  原告らの本訴請求が、確定しかつそれに対する再審の訴も却下された別訴事件の控訴審判決の事実認定に過誤があり、違法であることを前提として国家賠償法第一条第一項に基き損害賠償請求をするものであることは、その主張に徴し明かである。

そこで考えるのに、裁判官のなす職務行為について、一般的に国家賠償法の適用が肯定されるとしても、裁判官の行う裁判に関しては同法の適用につき裁判の本質に由来する制約があると解するのが相当である(最高裁判所昭和四三年三月一五日判決、最高裁判所裁判集民事第九〇号六五五頁以下参照)。

そして、右の制約については、裁判の確定力の原則、現行裁判制度においてとられている審級制度及び再審制度の趣旨並びに法秩序全体の観点から吟味、検討がなされるべきものであると考える。

ところで、民事訴訟手続においてある判決が確定した場合、当該判決の既判力に主観的、客観的、時間的限界のあるところから、第三者はもとより、当該判決の同一当事者間においてすら、当該判決の事実認定を争い得るものであることは、もとより当然であるが、これと異なり、当該判決に係る当事者が再審の訴によることなく、その他の方途によつて、当該判決の事実認定が過誤でありかつ違法であることを主張して実質上当該判決の取消と同一の結果を求めることは、当該判決の確定によりその事実認定の過誤、違法を主張してその取消を求めることがもはや不可能となつている以上、裁判の確定力の原則、審級制度及び再審制度の趣旨に合致せず、法秩序全体の観点から見ても、国家が、一方で確定判決の実現を図りながら、他方で当該確定判決の実質的取消を容認するという悖理の結果を是認することにつながるものであつて、許されないものといわなければならない。

従つて、判決に係る当事者についてみれば、当該判決における事実認定についてその違法を主張できるのは当該訴訟手続(再審手続も含む。)内に限られるのであつて、当該訴訟手続が完結した場合には、その手続でなされた事実認定には何らの違法もなかつたものと解するほかなく、換言すれば、もはや事実認定の違法は国家賠償法上の違法事由とはならないものというべく、当該判決の確定後にその違法を主張して国に対して損害賠償請求の訴を提起して実質上当該判決の取消を求めるのと同一の結果となる申立をすることは許されないものといわなければならない。しかもこのことは、当該確定判決に係る当事者のみならず、その訴訟代理人についても同断であると解するのが相当である。

これを本件についてみるのに、原告らが本訴請求において国家賠償法上の違法事由として主張するところのものは、いずれも別訴事件の訴訟手続内において主張すべき事項であり、現に原告会社及び別訴事件においてその訴訟代理人であつた原告川本は、別訴事件の各口頭弁論においてこれを主張し、充分攻撃防禦を重ね、これについて別訴事件の各裁判所の判断を既に経てきているものであること、原告らの本訴請求の目的が原告会社が別訴事件の控訴審判決に基き支払つた金員を回収することにあることは、原告らの主張自体に徴し明かであるから、本訴においてこれを主張することはもはや許されないものというべきである。

してみれば、原告らの本訴請求は、その余の点の判断をまつまでもなく、失当といわなければならない。

二  よつて、原告らの本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口繁 上田豊三 太田善康)

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